一 迷いの夜の灯り
その日、私の前に座った女性は、テーブルの下でずっとスマホを握りしめていました。
鑑定のあいだも、指がときどき、無意識に画面を確かめようとする。それを、はっとして止める。開きたい、でも開いたら怖い。その小さな攻防を、彼女はきっと自分でも気づかないまま、何度も繰り返していました。
「彼から、三日、返事がなくて」
やっと絞り出すように、彼女はそう言いました。
「私、何かしたのかなって。もう、終わりなのかなって。……友達に相談したら、『考えすぎだよ』って言われて。それで、余計に、どこにも言えなくなっちゃって」
私は、うなずきました。何も大げさなことは言いませんでした。ただ、「よく、ここまで来てくれましたね」とだけ。
その人の背中が、あの夜の私と、そっくりだったからです。
私はカードを切りました。一枚、彼女の前に置きます。めくる前に、私はいつもこう思います。――このカードは、彼を言い当てるためのものじゃない。今の、この人の心を映すためのものだ、と。
でも、その話をする前に。どうして私がこの仕事をしているのか、あの夜のことを、少しだけ聞いてください。
二 昔の私は、恋にいちばん振り回される人間でした
好きになると、相手のたった一言で一日の気分が決まってしまう。朝いちばんに届いたスタンプひとつで空が晴れて、夜に返事がないだけで、その空が音もなく崩れていく。自分の機嫌の舵を、いつのまにか相手に握らせている。そのことに、当時の私は気づいてもいませんでした。
既読がつかないだけで「嫌われた」と思い込む。つく前に、何度もトーク画面を開いては閉じる。開く、閉じる、開く、閉じる。「送信済み」という三文字を、指で撫でるみたいに見つめていました。
既読が付けば、心は一気に舞い上がる。心拍数が上がって、頬が熱くなる。まだ返事の中身も読んでいないのに、「読んでくれた」というそれだけで。未読のままだと、今度は逆のことが起きる。胸の底がすっと冷えて、指先が冷たくなって、「私、何かしたかな」と、心当たりのない罪をひとつずつ数えはじめる。
――そう、私はずっと、恋の天気に自分の全部を預けて生きていたのです。
その人と付き合って、一年と少しが経ったころ。少しずつ、連絡が減っていく時期がありました。返信の間隔は、半日が一日になり、一日が二日になり、そして、三日。
三日目の夜のことを、私は今でもはっきり覚えています。仕事から帰って、部屋の電気もつけないまま、玄関で靴も脱がずにスマホを見ていました。二日前に私が送った「おつかれさま。今週どこかで会えたりする?」という一文だけが、返事のないまま、暗い画面にぽつんと浮かんでいました。
「私、何かしたかな」
「もう、終わりなのかな」
その夜は眠れませんでした。天井を見つめて、これまでのやりとりを一件ずつ遡って、どこで何を間違えたのかを探しました。眠れないまま窓の外が白んでいくのを見て、それでも朝になれば仕事に行きました。化粧をして、笑って、いつも通りの顔をして。
友達に「考えすぎだよ」と言われるたびに、「じゃあ、この止まらない気持ちはどこに置けばいいの」と、余計に行き場をなくしていく。考えすぎだと、自分でも分かっている。分かっているのに止められない。それが恋なんですよね。
三 あの夜、一枚のカードが
そんな夜のひとつに、たまたま手に取ったのが、タロットカードでした。
いつか雑貨屋で、綺麗だからという理由だけで買って、引き出しの奥にしまい込んでいたものでした。占いなんて、その日まで一度も信じたことがありませんでした。手に取ったのも、藁にもすがるというより、ただ何かをしていないと壊れてしまいそうだったから、というほうが近い。
最初は「当たるかどうか」で見ていました。相手の気持ちが知りたい。あの人が今、私をどう思っているのか。それを、この紙切れが教えてくれるなら――そんな半信半疑の、けれど必死な気持ちで、カードを切りました。
一枚、引きました。
でも、その一枚をめくった瞬間に分かったのは、当たる当たらない、じゃなかったんです。
カードは、”相手の気持ち”じゃなくて、”今の私の心”を、そのまま映していました。
絵柄の意味なんて、当時はろくに知りませんでした。それでも、そのカードの中に描かれた人のうつむいた背中や、閉じたまぶたや、握りしめた手のかたちが、まるで鏡みたいに、そのときの私と重なって見えたのです。
私は「相手の気持ち」を知りたいのだと、ずっと思っていました。でも、そのカードが静かに教えてくれたのは、こういうことでした。
――本当に苦しいのは、相手がどう思っているか分からないことじゃない。あなたが自分で、「もう終わった」と決めてしまおうとしていることだ、と。
まだ、何も終わっていなかった。相手は、まだ何も言っていなかった。三日返事がない、ただそれだけ。なのに私は、そのあいだじゅう、頭の中で何十回も別れの場面を再生して、勝手に泣いて、勝手に傷ついて、勝手にその人を失っていた。誰よりも先に、私自身が、この恋に終止符を打とうとしていたのです。
そこに気づいた瞬間、涙が出ました。
悲しいからではありませんでした。むしろ、ふっと肩の力が抜けるような涙でした。ああ、私、ずっと自分で自分を痛めつけていたんだ、と。返事を待つあいだの何十時間を、私は自分を責めることだけに使っていた。誰にも責められていないのに。
その夜、私は返信を催促する指を止めました。もう一度だけ「大丈夫?」と送りそうになって、送る前に、スマホを裏返して机に置きました。そして、そのかわりに、灯りをつけました。ずっと暗いままだった部屋の電気を。
それから、たまっていた洗い物をしました。冷蔵庫のしなびかけた野菜でスープを作って、あたたかいうちに飲みました。翌朝は少し早く起きて、いつもより丁寧に化粧をして、好きな服を着て仕事に行きました。
待つことは、変えられません。相手の返事も、相手の気持ちも、私にはどうにもできない。でも、待っているあいだの自分の時間は、私のものでした。それだけは、誰にも預けなくていい。
結果がどうなったか――それは、実はそんなに大事なことではありません。あの夜の私にとって本当に意味があったのは、”待つあいだ、自分がすり減らずにいられた”こと。それだけで、恋との向き合い方が、根っこから変わりました。
人は、自分のことがいちばん見えません。渦の中にいると、自分がどんなに回されているのか分からない。あの夜の私に必要だったのは、未来を言い当ててくれる人ではなく、「今、あなたはこうなっているよ」と、そっと鏡を差し出してくれる誰かだったのだと思います。
だから私は、その日から時間をかけてタロットを学び、占い師になりました。あの一枚が私にしてくれたことを、今度は、目の前の誰かにできる人になりたかったから。
四 だから、あなたの前でカードをめくる
――話を、あの日の鑑定に戻します。
彼女の前に置いた一枚を、私はゆっくりとめくりました。
「このカード、彼の気持ちを言い当てるためのものじゃないんです」と、私は言いました。「今のあなたの心を、映しています。……ね、あなた、彼の返事より先に、自分でもう終わりにしようとしていませんか」
彼女の目が、見開かれました。それから、みるみる潤んでいきました。握りしめていたスマホから、少しずつ、指の力が抜けていくのが分かりました。
「……そう、かも。私、まだ何も言われてないのに」
私はうなずいて、それから、いちばん大事なことをお渡ししました。
「彼が今どうか、はこのカードが教えてくれました。でもね、私、それを言って終わりにはしないんです。だって、それだけじゃ、あなたは今夜まだ眠れないから」
――相手は今こう。じゃあ、今日のあなたは、どう過ごすといいか。そこまで一緒に見つめて、はじめて鑑定だと、私は思っています。
その日、彼女に渡したのは、恋の答えではありませんでした。「今夜は、催促のメッセージを送る前に、まず部屋の電気をつけて、あたたかいものを食べてください」。ただ、それだけ。あの夜、私自身を救ったのと、同じことでした。
タロットは、未来を怖がるための道具ではありません。「この先どうなりますか」と怯えながらめくるものだと、多くの人が思っています。私もそうでした。でも、違いました。カードは、脅すためにあるのではない。「あなたは大丈夫。ちゃんと、自分の足で歩ける」と、うしろから背中をそっと押すためにあるのです。
だから私は、相手の気持ちを言い当てて、そこで終わりにしません。曖昧な恋に、曖昧な答えを返さない。それが、あの夜の私が、心の底から欲しかったものだから。
迷いの夜に、灯りをひとつ。
あのとき暗い部屋でつけたあの灯りを、今度は私が、あなたのために。「つき窓」という名前は、そんな気持ちでつけました。月あかりが差し込む、小さな窓。夜がどんなに深くても、窓がひとつあれば、人は外の光を思い出せる。
もしあなたが今、既読のつかない画面を、開いては閉じ、開いては閉じしているなら。眠れないまま朝を迎えて、それでも笑って仕事に行っているなら。「考えすぎだよ」の一言で、行き場をなくしているなら。
どうか、ひとりで抱えないでください。つき窓で、あなたの恋の”今”と、”この先”を、一緒に見つめさせてください。あなたが自分の足で、ちゃんと歩いていけるように。あの夜の私がそうだったように、あなたもきっと、大丈夫だから。
――光菜
もし今、既読のつかない画面を、開いては閉じているなら。
どうか、ひとりで抱えないでください。
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